キーウでのウクライナ不動産事業立ち上げ

ロシアの侵攻から、もうすぐ一年が経とうとしています。
連日のニュースで見るキーウの街並みは、私が何度も通ったあの景色とは、まるで別世界。一刻も早い戦争の終結を祈っています。

本稿は、前回の『ウクライナ不動産事業の立ち上げと法人設立』の続編。まだ左記の記事を読んでない方は、先に読んでもらえると理解も深まるでしょう。

ウクライナでの不動産事業が、本格的に動き出し始めた2019年。キーウ(Kyiv)での不動産購入手続きや、永住権(PRP)申請に向けた準備、東京のウクライナ大使館の訪問、東京ウクライナ・パレードについて、今日は少し整理しておきます。


2019年、ウクライナ不動産の「実験」から「実行」へ

前回書いた通り、2017〜2018年は、どちらかと言えば「ウクライナとはどんな国か」「制度はどうなっているか」をひたすら調べていた時期でした。

  • 会社設立の手順
  • 銀行口座開設
  • 不動産登記の流れ
  • 永住権(PRP)スキームの可能性
キーウ中心部の街並み

そういった要素を、現地のコンサルタントや弁護士、仲介会社と話しながら一つずつ確認していくフェーズです。それに対して、2018〜19年は一歩踏み込み、実際に「物件を押さえ、送金し、契約書にサインする」年になりました。


「アパートメントA」とPY X番地のアパート

2018年、具体的なプロジェクトとして動いていたのが、
「アパートメントA」の物件と、PY X番地のアパート(1室+駐車場)でした。
(物件名を出しても良いのですが、戦争がどう影響するか分からないため、伏字にします)

春先のメールには、アパートメントA関する送金口座の案内が残っていました。
日本の銀行側からは、

「送金先は “Kiev” ではなく “Kyiv” ではないか?」

という、表記に関する細かな指摘まで入っていました。

当時の私は、「細かいな」と苛立ちつつも、同時に、日本の銀行システムと、ウクライナの現場との距離感を象徴するエピソードのように感じていました。その後、戦争で「Kiev」というスペルをウクライナ国内で使わなくなることを知らずに。

建築チームとディベロッパーの打合せ

夏から秋にかけては、PY X番地のアパート1室と駐車場の売買契約書(SPA)の翻訳が進み、
9月には、日本の銀行から、ウクライナのディベロッパー宛に頭金の外国送金が実行されています。

送金目的には、きちんと

「PY X番地, Kyiv の不動産購入に関する支払い」

といった文言を書くよう、銀行に指示を出していました。海外で不動産事業を営んでいた経験から、送金理由を明示しないと登記はおろか、着金にも影響することがあると知っていたからです。

このあたりからようやく、
「調査」ではなく、具体的な不動産事業としての歯車が回り始めたという感覚を持ち始めました。


契約書とPOA――ウクライナ語と日本語の橋渡し

もう一つのキーワードは、「契約書」と「委任状(POA)」です。

ウクライナ語で作成された売買契約書(SPA)を、日本語に翻訳してもらい、内容を一つひとつ確認しながらサインしていく。
日本にいる私は、提携先の現地法律事務所のAnna氏宛に、Power of Attorney(POA)を郵送し、
現地での登記や手続きの多くを、彼女に代理してもらう形を取っていました。

  • 契約書はどこまでリスクを許容するか
  • どの権限を誰に委任するか
  • 日本側・ウクライナ側、それぞれでどの書類を残すか

こうした地味な積み重ねは、ブログに書いてもあまり映えませんが、
クロスボーダーで不動産を動かすなら必ず通るステップです。外務省での認証手続きなどもあったと記憶しています。


永住権(PRP)手続きに踏み込んだ一年

2019年の後半は、不動産だけでなく、ウクライナの永住権(PRP)取得に関する動きも本格化していました。

  • 日本のウクライナ大使館経由での申請
  • 日本国内でできる手続きと、最終的にキーウで完了させる必要があるステップ
  • 外務省での認証作業や、警察署での無犯罪証明の取得
  • 妻のPRPも含めた家族での取得の可能性

こうした点を、一つずつ確認していました。

将来的に、「会社設立+PRP+不動産購入」をパッケージ化した、日本人向けの“ウクライナ移住・投資スキーム”を構築したいと考えていたから。戦争前のウクライナは大きな事件もなく、美しい街並みと安価な物価が合い混ざった暮らしやすい街でした。

キーウ中心部の街並み2

実際に商品化するには、まだ詰めるべき点が山ほどありましたが、
2018-19年は、その「外枠」を実際の手続きレベルで試し始めた年だったのです。


大使館訪問と東京ウクライナ・パレード

2019年は、人とのつながりという意味でも印象的な出来事がいくつかありました。

ウクライナ不動産視察ツアーの様子(現地カフェにて)
  • 2月には、キーウの日本大使館・経済担当との面談、初回のウクライナ不動産視察の催行
  • 5月には、東京・銀座の「東京ウクライナ・パレード 2019」への参加
  • 秋以降は、11月の大使館訪問に合わせたリノベ物件視察
  • 2020年3月のウクライナ渡航計画や、チェルノブイリツアーの開催検討

渡航の回数が増えるに従って、知己が増え、個人的にもウクライナへの関心が高まってきました。ウクライナパレードでは、偶然2017-18年に知り合ったウクライナ人の友人も多く参加しており、旧交を温めたのを覚えています。


2023年から振り返って思うこと

2023年初頭の今、この文章を書きながらニュースを見ると、
同じ「Kyiv」という地名でも、まったく違う意味を持って見えます。日本語での呼び方も、「キエフ」から「キーウ」へと変化しました。

2019年に進めていた不動産やPRP(永住権)のスキームは、年の後半から2020年以降に花開いていくのですが、現時点では、少なくとも商業ベースで新しく展開できるような状況ではありません。幸い作った物件では、大きな戦禍もなく、現地の方々が暮らしています。

キーウで取得した不動産改修の様子

それでも、私はこの時期に立ち上げたウクライナでの不動産事業やその知見が、
「ウクライナ復興のフェーズに入ったときの設計図」として再度生きてくる可能性があると感じています。

後日詳しく書きたいと思いますが、戦争が始まり、ウクライナ国内の避難民の方々にクラウドファンディングを通じて、資金を募り住宅を寄贈することも昨年始めました。

ウクライナの未来がどうなっていくのか。現時点で軽々しく語ることはできませんが、できるだけ平和裡に、ウクライナの方々が望む形で終結できる事を願っています。